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通貨戦争にエスカレートした米中対立、追い詰められているのはトランプのほうだ
<圧力一辺倒のトランプに対し、中国が人民元安など本気のカードを切り出した。ここから先トランプには、負けそうな要素しかない>
米中貿易戦争は、ドナルド・トランプ米大統領が言うように「簡単に勝てる」ものでは決してない――ここ数日で、中国がまたしてもその実力を見せつけた。
そもそもの始まりは8月1日、トランプが、9月から新たに3000億ドル相当の中国製品を対象に10%の追加関税を課すと発表し、合意したばかりの交渉より圧力を重視する姿勢を示したと。
予定どおり9月1日に関税が発動されれば、中国がアメリカに輸出するほぼ全ての製品に関税が課されることになる。
中国は報復に出た。
ブルームバーグの報道によれば、中国政府は国有企業に対して、米国産の農産物の購入を一時停止するよう要請。
アメリカの農家にさらなる圧力をかける動きで、ある米アナリストはこれを「10段階評価で11」の大規模な報復行動だと指摘した。
それだけではない。中国政府は8月5日、人民元の大幅な下落を容認した。これによって人民元は、ほぼ11年ぶりの安値を更新した。
中国は自国通貨の価値を積極的に管理しており、近年は大幅な元安を阻止する手を打ってきた。
しかし今回は、防衛ラインと思われてきた1ドル=7元を切る下落を容認。
狙いは、アメリカでの中国製品の価格を引き下げることだ。トランプによる関税を相殺し、一方で中国における米国製品の価格を引き上げる効果もある。
自在に操れる支配力を見せつけた中国
それだけではない。今回の元安容認は、貿易戦争を通貨戦争に発展させても構わない、という中国の意思表明でもある。
投資家や企業はこれに強い懸念を抱き、5日の株式市場は大荒れとなった。
ダウ工業株30種平均は767ドル(2.9%)、ナスダックは278.03(3.47%)、S&P500社株価指数は87.31(2.98%)下落、年初来最大の下げを演じ、株安は6日のアジア市場にも波及している。
トランプ政権はその日のうちに、中国を「為替操作国」に指定した。為替相場を是正しなければ制裁を科すという伝家の宝刀だ。中国の反発を招くのは間違いない。
ウォール街が神経を尖らせるのは、米中貿易摩擦に解決の道筋が見えないからだ。
トランプは、大統領顧問のほぼ全員の反対を押しのけて、今回の対中関税の上乗せを決めたと報じられている(唯一人反対しなかったのが対中強硬派のピーター・ナバロ通商顧問だ)。
トランプにとって重要なのは、とにかく「勝つ」ことであるように見える。自分が譲らず頑張りさえすれば中国を苦しめ、最終的には屈服させることができると確信しているようだ。
だが中国は揺るがない。国内にも海外にも「強い中国」のイメージを見せる必要がある中国にとって、いま引き下がることは弱さを見せることになるからだ。
そして中国の官僚たちには自在に操れるツールがいくつもあるが、トランプにはない。中国の指導部が人民元に対して持つ支配力は、トランプがドルに対して持つ支配力よりもはるかに大きい。また中国企業が何を輸入し、何を輸入しないかの決定に対しても、中国政府はずっと大きな影響力を持っている。
トランプが一方的に関税を導入できる理由の一つは、議会が傍観を決め込んでいるからだ。
トランプは国家安全保障を理由に、中国企業にアメリカでの調達や販売を禁じることで中国の競争力を削ごうと試みることはできる。だがトランプには、正真正銘の専制国家である中国と同じレベルの裁量はない。
そこで問題になるのが、今の中国指導部とトランプの最大の違いだ。米中両首脳のうち、近いうちに選挙を戦わなければならないのはトランプだけだ。これまで彼は、アメリカの農家に大規模な支援を行って対中関税のマイナス効果から守ることで、農家からの政治的反発を免れてきた。
だがアメリカ経済は実際、中国との貿易交渉の行き詰まりの悪影響を受けていると考えるほうが普通で、人民元安が進んだ8月5日には、株式市場も反応を見せた。
ウォール街が今後も不安定な動きを続け、企業投資が減り続けて経済成長や雇用に悪影響を及ぼしはじめれば、トランプは最終的に、自分の政治生命とプライドのどちらかを選ばなければならなくなるだろう。
2019年8月6日 ニューズウィーク日本版より